学生が航空機産業に強く興味を持つきっかけになっています
中村裕子氏
東京大学総括プロジェクト機構航空イノベーション総括寄付講座 特任助教
aviation.u-tokyo.ac.jp
研究分野について、一般の方々にも分かりやすくご説明ください。
私は航空イノベーション総括寄付講座というところに所属していますが、まず、同寄付講座の代表であり、また東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻の教授である鈴木真二先生の研究テーマからご説明します。鈴木先生は飛行中の安全性を高める研究をしています。飛行中に航空機になんらかの故障があって安定性を失った場合には、パイロットが知識や経験をもとに原因を探り、対処しなくてはいけません。鈴木先生たちの研究では、パイロットに頼らず人工知能を利用して、機体が故障の原因を究明し、自動的に制御を行い、安定飛行できるよう研究しています。2011年には模型飛行機を利用し、主翼の3分の1を切り離しても鈴木先生たちの飛行制御方法にて飛行を維持できることを確認しました。その後、JAXAの実験航空機を利用して、重心が後ろに急激に移動する危険な状況を想定し、実機による飛行実験にも成功しました。
航空の旅が、より安全なものになるよう、故障しても安定飛行を保てる飛行機を目指しています。
私自身は、研究室で発見されたイノベーションの卵が、世の中に出て社会に貢献できる仕組みを解明するイノベーション学を研究しています。技術がいくら優れていても、それが市場に出て普及し、目指していた効果を発揮するには、産業構造・社会情勢・政策・既存インフラ等多くの相互作用を経てからになります。航空機産業には、乗客の快適性や運行コスト・環境負荷へのさらなるイノベーションが求められていて、新しい材料や次世代ジェット燃料などが日々研究されています。研究室の努力が、社会につながるよう、過去のイノベーション普及の分析や、対象分野に関する国内外の関係者分析・政策動向を俯瞰的に研究し、道筋を示すことを目標にしています。
ボーイングとの協力関係はいつごろ、どのように始まったか、経緯を簡単にご説明ください。
2008年ごろ、ボーイング ジャパンの方から、学生の教育に貢献できることはないかとのお話をいただき、これまでのカリキュラムではなかなか学生に教えることのできなかった、航空機をビシネスとして総合的に捉えること、技術を理論として捉えるだけではなくユーザーの抱える問題をいかに効果的に解決に導くかユーザー視点を持つことを学べるゼミを、ボーイング ジャパンだけでなく日本滞在中のエンジニアをはじめとする社員の方の協力を得て開講することになりました。その後、ゼミは拡大され、エクスターンシップになって多くの大学の学生と交流できる場にもなりました。
ボーイングによるエクスターンシップによってこれまでにどのような成果がありましたか。具体的なエピソードを交えてご紹介ください。
エクスターンシップでは、航空工学ではなく航空機ビジネスを学びます。航空機ビジネスを考える上で重要な視点──技術の先進性よりも、顧客のために製品や引き渡し後のサービスはどうあるべきなのか、地域社会や環境のために、ものづくりはどうあるべきなのか──は、他のビジネスでも重要なことで、“航空は航空宇宙工学専攻の学生のもの”という苦手意識や距離感を感じていた他学科の学生たちが積極的に参加できる環境であり、エクスターンシップの目玉であるプロジェクト提案では、分野横断型の議論が活発に行われます。本プログラムに参加した学生は夏休みを利用して、航空会社やサプライヤーへの訪問を企画するなど、航空機産業に強く興味を持つきっかけになっています。
今後の若い世代の研究者に期待するのはどのようなことでしょうか。
技術の進歩は速く、さらに情報量も膨大で、どの分野でもその発展に高い専門性が必要とされます。しかしながら、一つの分野をとことん掘り下げると同時に、その分野が関係するビジネスを理解する、つながりを持ち続けることが、イノベーションを起こすためには必要不可欠だと思います。航空機ビジネスにはさまざまな研究分野が関係しており、航空機サービスはさまざまな人の生活や夢に欠かせない存在になっています。学生のうちに、自分の所属にこだわらず、いろいろな授業、それも産業や社会に関するプロジェクトに関わることで、将来の研究の種をたくさん集めてほしいと思います。
その他、教育というテーマに関して、ボーイングに対するご意見・アドバイスがあればお聞かせください。
Talent Pipeline Development Programに、東大は参加しています。これまで、本プログラムのサポートにより、学生たちは、飛行機ロボットコンテスト等に参加したり、国内外の航空会社や航空機関連企業を訪問したりしてきました。キャンパスを出ての競争や交流は、ものづくりに強い興味と動機をもたらすのに、大変効果的と感じています。今後も、ボーイング内外での取り組みの中で学生でも貢献できることがありましたら、ぜひ、学生の参加の機会を広げてくだされば幸いです。